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 僕がテレビ・アニメーションの作品で最も多く関わったのはサンライズ社だ。同社は当時5~6カ所のスタジオを有し、常に6~7本の番組を進行させていた。そのほとんどがロボットもので、得意としていた。僕が〝ガンダム〟の次に脚本を担当したのは〝トライダーG7〟である。このシリーズの総監督は故佐々木勝利氏。〝ザンボット・3〟〝ダイターン・3〟〝ガンダム〟と3本のシリーズを担当してきた富野喜幸氏と代わり、初対面のディレクターである。その佐々木氏が、この業界では後にも先にもただ一人の、仕事を離れた友人として三十年以上付き合うことになる人だとはこの時思いもしなかった。
 サンライズで佐々木氏と作業をしたのは二本のシリーズで、その一本目が〝トライダーG7〟である。主人公は小学生の少年ワッ太。竹を割ったような性格設定から命名したと佐々木氏。日常は小学校に通い、下校した後にロボットに乗り込み悪行を働く敵に立ち向かい倒していくというストーリーだ。ギャグやユーモアも散りばめた明るく快活なエンターテイメント作品だった。少年が主人公といえば〝ガンダム〟もそうだったが、〝戦争〟という巨大な舞台を背景にしたそれとは打って変わり単純明快な勧善懲悪ドラマ。

 一見安易な娯楽作品のようにも思えるが、佐々木監督の現代社会に対する風刺、警鐘、提案の思いが込められている。それは現代の子供たち、大人も含めた〝生き方〟へのそれである。学校から帰ると直行で塾に行く。遊びといえば与えられたオモチャ、ゲーム。年齢的にタテ世代のコミュニケーションが希薄。それらが子供達の精神構造の発育を大きく妨げていることを訴えようたしたのだ。

 僕たちの育った時代の子供達には下校してからの遊び方に幅があった。近所の低学年から高学年、時には中学生(ガキ大将と呼ばれた)も混じっていろいろ遊びを工夫した。チャンバラごっこ、ターザンごっこ、西部劇ごっこなどなど・・・・。年下の子供がケンカをすると年上の子供が仲裁に入り、助けた。だから現代のように〝イジメ〝 を見て見ぬ振りをすることは無かった。イジメはあっても今のように陰湿ではなかった。年齢差が交わることで人を思いやる心が育つ。子供だけの社会が知らず知らず形成され、後に社会に出てからの対応が身についていく。

 いつの時代からか子供達は年齢差のある〝子供社会〟の体験を積む機会が無くなった。コミュニケーションを取るとしても同学年、同年代だけと幅の狭い社会に限られてしまった。だから、大学を卒業して社会人になった若者たちが狭い心で先輩たちとコミュニケーションを取れないという現象が広まってしまった。人の心の痛みを知る、相手の立場を理解して思いやる。こうしたことが欠如した社会に佐々木監督は警鐘したかったのだ。

 〝弱きを助け、強きを挫く〟。古い言葉だが社会を維持する上で重要なことであり、欠かせない要因だ。〝トライダーG7〟のテーマもここにある。小学生の主人公ワッ太が経営する会社の専務や仲間たちと協力しあい、助け合いながら敵に立ち向かっていく。時には悩み、時には幼い知恵で創意工夫し、自分の意思で解決していく姿を描きたかったのが佐々木監督の狙いなのだ。与えられたオモチャ、ゲームだけに満足していては想像力も意欲も育たない。幅広い年齢層とのコミュニケーションが取れなくては人としての成長も進歩も期待できない。〝トライダーG7〟で小学生を主人公にしたこともそこにある。彼を取り巻く人たちと、歳の差に振り回されたり、時には迷ったりしながら悪に勇敢に立ち向かい、正義と信念を貫き通す。

 佐々木監督のこうした生活観、人生観は僕のそれと共通しているものがある。それが、以来三十年以上の長い付き合いになる原点だったといえるかもしれない。それは二本目の作品〝ダイオージャ〟も同様のテーマで貫いており、僕としても取り組みやすく、親しみの持てるシリーズだった。ストーリーは単純明快〝水戸黄門〟のロボット版パロディーといえる。主人公は水戸王子、やはり少年である。自分より年上の共二人とともに、さまざまな悪の姿に怒りを覚えたり疑問を抱いて迷いながらも成敗していく。歳の差トリオによる成長物語だった。単純なストーリー構成といえるかもしれないが込めるおもいは不変といえよう。