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 “機動戦士ガンダム”のシナリオ作業が終わり、それまでは打ち合わせの度に顔を合わせていた四人のシナリオライターはそれぞれの仕事に散っていった。再び顔を合わせたのは放映も全て終了してからしばらく経ってからだった。ある雑誌、確か“アニメージュ”だったと思う。番組を振り返っての座談会ということで、製作を担当したサンライズ社のプロデューサー、CD(総監督)の富野氏、星山、山本、松崎に僕を含めた四人のライターが同席した。
 話題は当然のように製作途中打ち切りに対する残念な、食い足りなさの思いから始まった。中でもチーフライターの星山氏、CDの富野氏は僕たち以上にこの作品に賭けた強い思いを打ち明けていた。そして各ライターの好きな登場人物、担当した各話への思い入れなど、記憶に新しいエピソードを語り合い、座は盛り上がった。ただ、最後に締めとして出た言葉が期せずして全員一致したことには驚いた。「確かに食い足りないのは残念だが、この作品、アムロとシャーのこの世界は終わったのだから、今後いかなる状況が起きようと、“ガンダム”のパート2は絶対に製作しない」である。

 気持、というか心意気は痛いほど伝わった。映画でもテレビドラマでも、視聴率が良かったり人気が高まったりすると、申し合わせたようにパート2、パート3が登場する。レギュラー登場人物が同じでも、一話完結の刑事ドラマ、時代劇、スパイアクションものなら内容を毎回違えれば通用するだろう。それでも例えば“ランボー”とかかなり続いた“007”シリーズにしても、初回に較べて質が落ちてくるし、限界もある。特にアクションものの場合、回を重ねるごとに仕掛けをエスカレートさせねばならず、当然無理が生じてくるからだ。

 それらと違い、“ガンダム”は一話完結の読み切りドラマではない。シリーズ全体を通して、主人公アムロの成長を見つめようとするドラマだから。でも驚かされた。三十年経ってからも人気が高いこともだが、現在ТBS(日曜午後5時)で放送されている“機動戦士ガンダムAGE”は、1979年4月にスタートしたテレビシリーズ“FG”(ファースト・ガンダム)の14弾、パート14にあたるのだ。製作はТBS系列のMBS(大阪)で、2002年から“機動戦士ガンダムSEED”“機動戦士ガンダムSEED・DESТINY”“機動戦士ガンダム00”と続け、今回二年半ぶりの新作だという。

 そもそも“ガンダム”というのはFGの主人公アムロの父親が開発し、その意志を継いだアムロが乗るモビルスーツ(ロボット)の名称である。やがて人気が高まるにつれテレビ画面から一人立ち為、実物大のモニュメントとしてイベント会場に登場するまでになっている。確かに、それまで存在していた鉄腕アトムや鉄人28号などのロボットに較べ、デザイン(大河原氏)、インパクト共に強く存在感は予想以上といえる。シリーズパート2以降、登場人物のキャラクター、ストーリー構成それぞれに創作し(僕は全てを見ていないが)工夫されてはいると聞く。でも、何かしっくりこない違和感のようなものを感じるのは、僕だけだろうか。

 現在放送されている“ガンダム”のコンセプトは“原点回帰”だという。「FG以降シリーズを重ねるごとにストーリーが複雑になり、主な視聴者の小学生にはやや難解になっていたため」(東京新聞)だそうだ。しかし、FGの視聴率が上がらず途中打ち切りになった原因そのものが、小学生には難しい内容だったからではないだろうか。「今回は主人公の少年が母親を殺害した謎の敵“UE”と戦う物語で子供にも分かりやすい内容になっている。ガンダムも初期と似たイメージにした。」(東京新聞)とあるが、果たして“原点回帰”なのか僕には一つしっくりこない。さらに、「シンプルさを意識した。(僕たちはFGにシンプルさを求めてはいなかった)ガンダム世代の親に、子供と一緒に楽しんでもらえれば。(製作担当サンライズ社執行役員)」(東京新聞)とのコメントもある。もしその通りになるのだとすれば、なにはともあれ、僕は心から喜びを隠せないだろう。