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 昔の映画会社新東宝で“吸血鬼”などいわゆるオカルト映画に出演していた故天地茂氏。同社が倒産した後は時代劇俳優としてテレビ映画など多くの作品で活躍した。その彼が主宰する“アマチプロ”(現在は無い)に僕を紹介してくれたのは先輩のベテランライター押川国秋氏だった。“遠山の金さん”シリーズ、“河内山宗俊”(フジテレビ、二時間枠)などご一緒した。アマチプロと日活が製作する劇場映画のシナリオを書く仕事だった。折から押川氏が他の作品を抱えていたため、スケジュールの制限もあることから僕にバトンタッチしたという訳。
 アマチプロの掘地巌プロデューサーに会って話を聞いた僕は、正直内心足が竦むほど驚いた。その第一はシナリオを決定稿にするまでの日数が五日間しか無いこと。第二は作品が今迄考えたことも無かった、いわゆる“日活ロマンポルノ”のジャンルだったこと。日数が無い理由は聞かされて納得した。東映の劇場映画“伊集院華子の生涯”の撮影に使用した明治時代の廓のオープンセットをそのまま安く借りるためだった。一週間後にはセットを取り壊す予定になっており、本当に使用するにはその前に撮影用シナリオを東映側に提示しなければならないからだ。劇場用作品となるとフォーマットは少なくても一時間枠テレビドラマの二倍近くは必要。しかも原作も無いオリジナルに加え、ジャンルがロマンポルノなのだ。テーマを決め、ストーリーを構築するだけでもどれだけ時間を費やすか。でも現実はそんなことで悩み、迷っている場合ではなかった。

 この仕事にはもう一つ条件があった。アマチプロが売り出そうとする全くの新人女優、真行寺孝子さんをヒロインにすること。時間も無いことから初めて掘地プロデューサーに会ったその日、アマチプロの事務所に真行寺さんが待機していて紹介された。活発で勝ち気、行動力のありそうなヤングと見て取れた。この初対面は以降僕が作業を進める上で最初の光明になったことは確かだった。主人公のキャラクターのイメージをふくらませる導火線になったから。

 既成のオープンセットを使う以上、当然ながらそれが物語の主舞台となる。時代は明治、背景は廓の生活がメインである。ロマンポルノというジャンルにこだわらなくても、人間と性というものがテーマになる。でも僕はそれだけをテーマとするのではなく、僕の中での主力のテーマをかかげた。社会的状況の中で押し流されそうになる一人の女性が、真の愛を貫こうと苦闘する生き様だ。これは真行寺さんから描いたイメージのキャラクターにフィットすると確信した。そして、最初から廓だけを舞台にするつもりもなかった。

 僕はまず限られた日程を割り振った。第1稿でなるべく大きな直しにならないよう、まずストーリーの構成に限界ギリギリの時間を当てること。明治時代の庶民の生活、廓のしきたりなど、必要な資料に駆け足で目を通し、二日かけてストーリーを完成、少しの直しで掘地プロデューサーのOKを得た。残りは三日しかない。それまでの僕のペースでは、1時間枠のテレビドラマのシナリオを書き上げるのに、平均1週間を要した。それを半分以下の時間で量も多いのに三日で決定稿にしなければならない。当然のことながら、この間睡眠を取れる時間はゼロと思うしかない。今から思うまでもなく若さ故にできた仕事だった。

 ストーリーは、決められた時代と大半の舞台を廓で占められるため斬新なものではなかった。むしろ、時代劇によくある悲劇のパターンといえるだろう。貧しい家に生まれた主人公が親の借金から相愛の恋人と引き離され、廓に身を沈めるというものだ。でも、僕の訴えたいテーマを追求したかったから、それだけでは終わらせなかった。恋人に対する思い、貧しさに負けない強い意志、定めに最後まであがらう闘争心から、最後は人を殺す罪を犯してしまう主人公の生き様を貫いた。いかなる理由があろうと人を殺すことは許されないと、主人公を思い留まらせることはできなかった。疲労困憊で三日目に仕上げ、数ヶ所の直しを行ったうえ、約束より一日遅れて六日目に脱稿、その日の夕方掘地プロデューサーが受け取ってくれた。ちなみにこの作品の監督は、“四畳半襖の下張り”(野坂昭如原作)などロマンポルノ界ではヌーベルバーグ的存在の神代辰巳監督とは対照的なベテラン監督西村昭五郎氏が撮ってくれた。