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 シナリオライターという仕事に就いて以来さまざまな体験をしてきたが、中でも思い出される貴重な体験が二度あった。一つはわりと早い時期で、讀売テレビ製作の“新車の中の女”(一時間枠13回連続のサスペンス)というテレビ映画。もう一つはそれから数年後になるが、同じ讀売テレビ製作の“今はバラ色が好き”(一時間枠十数回連続)という連続番組だ。何が貴重かと言うと、どちらもいわゆる僕が任された作品ではなく、ゴーストライターと言うとオーバーになるが、代理ライターと言う役回りだったこと。当時はもちろん困惑、緊張したし、後にも先にもこの二回だけの体験だった。
 ゴーストライターというのは、小説の世界では耳にするが、シナリオの世界では少なからず僕は聞いた覚えがない。僕の場合はその作品の一本一本を“影”で全て書くという作業ではないのでゴーストライターとは言わないが、逆にそれよりは難しかったことを覚えている。その一回目が“新車の中の女”で、僕の名前は一本も表に(共同脚本としても)出さなかった。

 依頼主は以前から企画書の作成などで付き合いのあった元国際放映の駒井憲二プロデューサー。演出は後に話題作を次々発表することになる新進気鋭の鶴橋泰夫氏。作品の内容は外国の原作小説があるもので、ある会社の社長(山崎努)が女子社員(浅丘るり子)と新車一つで逃避行を続けるというストーリーだったが、なにしろ先の分からない暗中模索の作業だったこともあり、残念ながら詳しく思いだせない。先入観を持たない為にという理由から原作になる小説は読ませてもらえず、ベテランの書いた第一稿を渡され、僕の感性で自由に直して欲しいというのが、依頼された作業だった。もちろんそれなりのギャラ(脚本料)は支払われたが、僕にすればそんなことよりいかに作業を進めるかが問題で、「頼みたいことがある」と言われて引き受けたものの、駒井氏に会って作業の内容を聞かされた時の困惑と、正直、後悔の気持ちの方が大きかったことを思い出す。

 とは言え、一度引き受けた以上責任を持って作業をしなければならない。渡された第一話の初稿を何回も読み返しながら、限られた短い時間の中で作業に入った。ところが、どう直せばいいのか考えもまとまらないし、アイデアも浮かんでこない。それもそのはずで、どこをどう直すのか演出との打ち合わせも無ければ、ストーリがどう展開するのかも分からないのだから。その上驚いたことに、演出の鶴橋氏は初稿をもとに部分的に使えるシーンからスタジオでセット撮影に入っていて手が放せないと言うのだ。直しを頼まれた僕にしてみれば、無茶と言えば無茶な話である。

 ついに、何も手をつけられないまま直しを渡す約束の日の朝が来てしまった。気がつくと、僕は居直りとも言える決意を固めていた。僕も名前と映画作品、功績をよく知るベテランライター(故人)の初稿を、いくら好きに直せと言われたからと言え、僕なりに全て書き直そうと思った考えが、余りにも大それた無礼な行為だとやっと気付き、恐ろしさに思わず身震いしたことを思い出す。そして僕は、、ヒロインと社長の関係を暗示させるオリジナルの一シーンを挿入することで、第一話の直しを完了することにした。

 それは会社の昼休み、ヒロイン(浅丘ルリ子)と同僚の女子社員二人が社員食堂で食事をしているシーンだ。食事を終えたヒロインがさりげなく煙草を取り出して火を点け、吸う。その姿を見た同僚の一人が「あら、あなた煙草吸ったっけ?」と驚いたように見る。ヒロインは答えず、優しい微笑で紫煙をくゆらす。するともう一人の同僚が何食わぬ顔で「女の人って、好きな人から煙草をおそわるのよね」と。ただこれだけの短いシーンだった。これが演出の鶴橋氏に大いに気に入られ、短い時間んだったが撮影の合間に初めて会って話ができた。「この調子でいいから、あなたの感性で素敵なシーンをこれからも考えてください」。氏の言葉に勇気付けられ、その後も先の読めないシナリオを一話ごとに渡され作業を続けたが、予算の都合もあるとのことで第八話までで僕の作業は打ち切られた。その後ドラマの企画書作成で二本ほど鶴橋氏とご一緒したが、ドラマ化は実現しなかった。