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 “ガンダム”の第29話は“ジャブローに散る”。僕のシナリオ担当回で、シリーズの終盤に入ったところだ。この頃から戦況は更に激しさを増していき、人物の出入り、ストーリーの展開はスピードを増していく。“ジャブロー”とは連邦軍の本部で、幾度となく激戦をくぐり抜けてきたホワイトベース(木馬)は、ジャングルでカモフラージュされた連邦軍のドックに入り、点検を受けることになる。そして、今迄の功績を認められ、連邦軍に正式に編入されることになるのだが、ジャブローの提督達の中にはホワイトベースが本部に来た事を快く思っていない提督達もいた。
 “戦争”という場は人と人との思わぬ出会いを導くこともあれば、人間のエゴ、予測もつかぬ醜さを露呈することもある。敵と味方の、相手を人間とも思わないほどの殺し合いは言うに及ばず、味方同士でも権力を巡る熾烈な争いが展開する。ホワイトベースを巡るジャブローの提督達の思惑はまさにその姿を描きたかった。また、戦況下での一つ一つの行動は、敵対する者にとって何が有利になり何が不利になるか分からない。この回で撲が冒頭からシナリオに活かしたのは、ホワイトベースがジャングルでカモフラージュされたドックに入るという行動だ。この行為は当然の事のように思えるが、その軌跡をレーダーで追求していたジオン兵からすれば思わぬ収穫となる。ジャングルという特殊な場所で目標が突然消えたのだから、そこに何か(連邦軍本部)があると判断出来るのだ。僕はそれをシャーに伝えることで、次の攻撃へのステップにすることが出来ると考えた。

 ところがこの回のプロット(簡単な粗筋)を受け取った時、僕は一つの問題にぶつかった。ジャブローのドックで修理担当士官を務めているウッディ大尉と既に死亡しているマチルダとの関係だ。マチルダについては僕の担当したシナリオでは関わっていないし、ウッディ大尉は初登場である。しかもプロットの設定では、二人は“オデッサ作戦”終了後に結婚するはずだったという設定になっていた。その上、ウッディ大尉の心境を察したアムロがマチルダの死に自責の念を抱くとなっている。僕にとっては一つの大きなシークエンスである。マチルダとウッディ大尉がどういう思考の持ち主で、どんな生き方をしたきたのか。それを撲なりに掴むために、録画しておいたマチルダが登場する過去の話数のビデオを何回も見た。そして抱いたマチルダ像は、何か表に出さない女らしさを備えた女性なのかなというイメージだった。

 問題はウッディ大尉の方だった。調べてみてもこの回以前には登場していないし、この回のラスト近くシャーのズコックにやられて死ぬことになっている。文字道りこの一話だけの登場なのだ。つまり彼に関する資料は何一つ無いということだ。そこで僕は考えた。これは僕の自由に彼の人物像をイメージしていいのだなと。マチルダはすでに戦死している。二人が直接会話を交わすことはない。そこで考えたことの一つが、マチルダとの結婚式のイメージシーンを作ることで二人の熱き思いを表現できたらなと。そして実行した。

 人が人を好きになるのに、愛することに理由はいらない。しかし、別れるためにはどんなに小さくても理由は必要である。こうして考えだしたのが、ウッディ大尉の最後のセリフだ。「マチルダが命をかけて守りぬいたホワイトベースを、沈めさせることはできん」。この回のラスト近く、ガンダムのアムロは赤い色のモビルスーツ、ズコックを見た。その動きや闘い方から、アムロはそれがシャーだと確信する。しかし、ガンダムとズコックとの抗戦中に、ウッディ大尉は爆死してしまう。いや、爆死させたのは僕である。残酷と思えるかも知れないが、僕の気持ちの中のどこかにこれで彼はマチルダの所に行けるだろう、という思いがあったような気がする。
生かしておいて新しい人生を開かせてあげた方が、と思う人もいるだろう。これは、人それぞれでどちらが正しい間違えと言う問題ではない。思えば、イセリナをガルマの傍に行かせたのも撲だった。戦争は一人の命を、一人の怒りを、一人の悲しみを容赦なく破壊する。