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 “ガンダム”の作業は二十話を越え、全予定話数の半分に近ずいていた。四人のライター達はそれぞれ他の作品も手がけていたせいか、この頃には当初のように全員が顔を揃えて打ち合わせるという形が崩れていた。それを取り持つ進行役は総監督の富野氏である。前後の回の話の概要、今後のドラマの展開予定などを細かく説明してくれ、他者のシナリオを受け取り持ち帰って読む、というやり方になった。この作業が、主人公をはじめレギュラー人物の動向を把握するために重要な作業だった。
 勧善懲悪をテーマにした作品の場合は、一話読み切りであろうと連続形式であろうと、主人公が立ち向かう相手は残虐非道な“悪”であるからその非道さをより克明に描き、怒りに燃えてそれを倒す主人公の正義とする姿を描くことにある。しかし“ガンダム”は違う。主人公以下が対する相手は“強欲非道な異星人”でもなければ“驚異のロボット”や“奇怪な生物、怪獣”でもない。同星人、人間と人間のぶつかり合いを描くことにある。当然喜怒哀楽の感情が生まれ、芯から悩む事態にも遭遇する。これは“モビルスーツ”に人間が乗り込むという基本設定から生じてくるものだ。

 “モビルスーツ”の源流は宇宙服、“宇宙の戦士”の“強化服”(パワード・スーツ)である。しかしそのままでは使えない。番組を提供するスポンサーのマーチャンダイジングを成立ために“ロボット”という形態に変型したわけである。僕が“企画立案”から参加し、スポンサーとのマーチャンダイジングに同席したのは一作前の“ダイターン・3”で“ガンダム”ではないが、この両作品のメカデザインを担当したのが大河原邦男氏である。

 大河原氏を初めて紹介されたのは“ダイターン・3”の企画会議の席だった。定評のあるデサインの素晴らしさは知っていたが、それを上回ると言っても過言ではない特殊技術の持ち主だったことに驚かされた。それは、かなり精巧に作られた木製の変型ロボット“ダイターン・3”のサンプルだった。自ら作ったもので目の前でスムーズに操りあっという間に変型させて見せてくれた。見事である。そして、“ダイターン・3”のスポンサーとの初めてのマーチャンダイジングの席でも同じように見せてくれた。もちろんスポンサーも目をみはった。変型のパターンをただキャラクター図で説明するだけでなく、実際に目の前で操作して見せてくれる、だからその効果は抜群といえる。スポンサーが製品化する場合にも大いに参考になるというものだ。

 “ガンダム”にはさまざまな“モビルスーツ”や“メカ”が登場する。ジオン公国が開発した“ザク”、更に強力な“グフ”、シャーの乗る“ズコック”にスカートつきと呼ばれる連邦軍の“ドム”など、数え上げればきりが無いが、“ガンダム”“ホワイトベース”が主力の連邦軍側より、ジオン軍が次々開発する“モビルスーツ”の方が多い。面白いのは、それらの“モビルスーツ”に乗り込むジオン軍側兵士のキャラクターがそのまま“モビルスーツ”の機能に投影されていること。当然彼らのキャラクターに相応した作戦、戦い方をシナリオの中で構築し、描き出さなければならない。これはそのまま戦うアムロの目に映り、“モビルスーツ”の中の顔の見えない相手の心理を読み取る体験に繋がっていくことになる。つまり“ガンダム”の作業はそれだけ神経を費やすことでもあったといえる。

 総監督の富野氏がこんなことを話していた。(概要)「フィルムとは凄く生理的なもの。送り手の生理が露骨に見えてくる。だから“ダイターン・3”の後また“ダイターン・3”的なものはとても作りたくない。“遊んだ”あとは“シリアス”にといった欲求不満解消策で“ガンダム”は生まれた。だから“ガンダム”の後はまた“ダイターン・3”的なものを作りたかった。“イデオン”ではなく」(アニメージュ・スペシャル、ロマンアルバムより)と。