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 僕が手がけた企画書の数は30本を超えていた。よく依頼されたのは国際放映、ユニオン映画、スタッフアズバーズ(現在は無い)、キネマ東京(現在は無い)、大映映像、アマチプロ(天地茂氏死後解散)などのプロデューサーからだ。推理、サスペンスものの場合は森村誠一、夏樹静子、東野圭吾、佐野洋氏ら原作のあるものがほとんどだった。主な登場人物の人間関係と原作のあらすじを書くのである。

 オリジナルの企画では時代劇が多かった(まだ時代劇の番組が多かったから)。小川真由美、野川由美子、里見浩太郎、目黒祐樹など主役を指定されてのものだ。知名度の高い原作を使う、高い視聴率をとれる俳優を主人公に据えることが、制作会社のプロデューサーが局に売り込むためのポイントだった。しかし残念ながら結果は芳しくなく、悔しい思いをしたのが殆どだった。何が足りないのだろう。僕の力不足、才能が無いのだろうかと真剣に悩んだことも一度や二度ではなかった。

 制作会社のプロデューサーと何度か練り直した企画書は、これで良しとなると小冊子として印刷されテレビ局に持ち込まれる。局プロの所には各制作会社から何十本、時には百本近い企画書が毎月のように持ち込まれる。机の上に乗り切らず椅子のまわりにまで山積み状態、とても読み切れないのが実情だ。そこで、企画書の書き方には特別な工夫、テクニックが必要とされることに僕は気がついた。

 そのポイント第一は、表紙をめくった第一ページに書かれる“企画意図”にある。いかにして局プロの興味を引き詳しく読んでみようとその気にさせる(乗せる)ことにある。しかも、文章は短ければ短いほどいい。僕は何度も何度も練り直し、一行でも、いや一字でも少ない文章に仕上げることに努力した。更に、印刷される番組の“タイトル”のインパクトも影響する。企画書を手に取り表紙をめくって貰うためにに。中身がどんなに優れた内容でも読んでもらえなければ価値が無いことになってしまうから。

 このポイントに気付いたお蔭かどうか、僕の企画書から二本の推理もののドラマ化が実現した。一本は月曜女のサスペンス、女流作家傑作ミステリー“疑惑の構図”(夏樹静子原作“朝は女の亡き骸“”より)で、もう一本は佐賀潜原作の短編“悪の華”である。“疑惑の構図”は妹の自殺の真相に迫ろうとする主人公(浅茅陽子)の行動が、自らの首を締め、屈辱と不幸のどん底へ突き落とされて行くストーリーだが、シナリオ化に当たって二本とも一つの問題があることに突き当たった。謎解きの手掛かりになる要素の一つだった。

 原作を選ぶ場合、その作者の人気ある作品はいろいろな形でドラマ化されたり映画化されていることが多い為、なるべくあまり知られていないものを探すのだが、二本とも古い短編だったためか、トリックに使われていた道具が時代的に古すぎ、そのまま使うのはまずいということになったのだ(申し訳ないがそれが何だったのか、どうしても思い出せません)。とにかく、それを時代にあった物に取り換えるのに凄く苦労したことをおぼえている。

 企画が決まったことは素直に嬉しく、作業にも一段と力が入ったが、この業界、予想以上に“力関係”が根強く息づいていることも確かである。ある時、姉弟子の服部佳女史と共同で企画書を作成した。一話完結二時間枠の推理
もので“牟田刑事官推理日誌”(小沢英太郎原作)である。決まれば共同で脚本を書かせて貰える段取りだった。

 ところが、待てど暮らせどプロデューサーからの返事は無い。「多分だめだったのだろう」と諦めかけていたある日、新聞のテレビ番組欄を見ていた僕は自分の目を疑った。なんとその日、僕たちが提出していた企画“牟田刑事官”がドラマとして放送されることになっているではないか。僕は即姉弟子に連絡をとり、二人で怒りとも悔しさともつかぬ思いで残念がったことを思い出す。

 ライターのネームバリューだけで容易に企画が通ることも事実の世界。それだけ実力が求められ、優れた才能の人材が闊歩できる世界である。誰もが一流のライターを目指して踏ん張り続けている世界でもあるといえよう。いや、どんな世界でも実力のある者が良い成果をもたらし、“力関係”で成り立っていることは確かなのである。