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 “スターウォーズ”の素晴らしさは、単純明快で構成力の魅力だけではない。今迄に無い、ジョージルーカス渾身の斬新なSF超大作との前評判を裏切らず、まさに絶句する見ごたえだった(日本で封切られる前にいち早く観られたことは、ちょっと得した気分である)。ズバ抜けた特撮技術はもちろん、舞台のスケール、個性豊かな登場キャラクター、メカのユニークで斬新なデザイン、まさに過去に類のないものばかりだった。

 しかし、“スターウォーズ”をいち早く観たことが、“ガンダム”のその後の作業に即繋がったかというと、いちがいには言い切れなかった。なぜなら、“スターウォーズ”が実写なのに対し“ガンダム”は“絵”で表現するアニメであるということ。絵で描くとなるとどんな想定でも自由に描きこなせるから、現実的な臨場感が乏しくなってしまう。それに“ガンダム”の世界設定、ストーリー構成がかなり複雑であるということだ。敵か味方か、白か黒か、といった勧善懲悪の作品ではないから、さまざまな登場キャラクターの人物像、人生観を描き分けなければならないからだ。とはいえ、“スターウォーズ”によるSFの世界への臨場感は強烈な印象があり、“ガンダム”への参加をより興味深くしたことは確かだった。

 話は少し遡るが、僕は実写版で製作されたSFテレビ映画の脚本を書いたことがあるのを思い出した。円谷プロの特撮作品で、宍戸錠主演の“スターウルフ”である。一話(三十分枠)完結のシリーズもので、宇宙での事件や謎を解決する地球特命捜査官達の活躍を描くものだった。

 三十分枠という限られた時間の中では、物語の構成にもかなりの条件が求められる。当然のように複雑怪奇な物語を作るのは困難だ。基本的に勧善懲悪のストーリーが土台となる。それでいてSFという世界を充分に伝えながら、かつ、可能な限り面白さを盛り込まなければならない。その頃僕は外国のSFテレビ映画“スタートレック”のシリーズを好んで観ていたが、今から振り返ってみると、僕の中で“スタートレック”は“スターウォーズ”の前身のようなイメージが残っている。もちろん作品としての格からいえばかなり大きな違いがあるとはいえ、両作品の作られた時代という観点でみると、僕には頷ける気がする。

 ともかく、“スターウルフ”の脚本執筆にあたって、僕の中で描かれたSFのイメージは“スタートレック”が土台になっていたことは確かである。“ガンダム”の仕事を受けた時も、“スターウォーズ”を観る前に僕の中にあったSF世界のイメージが“スタートレック”にあったことも事実である。

 とはいえ、“スタートレック”をそのまま“スターウルフ”に活用できる訳はない。一話が三十分の二倍の一時間枠だし、製作の予算も大きく違う。でも、“スタートレック”で堪能したSF世界のロマンを、何とか少しでも構築したいと考えた。

 “スターウルフ”の設定は、宇宙にはびこる悪、事件を解決するという単純なものだった。そこで僕は、単純で謎めいたストーリーと特撮(低予算)を組ませることで、可能な限り面白くしたいと考え、ふと思い出したのが二十代の頃に観た“ボージェスト”(ゲイリークーパー主演)という映画だった。敵に包囲された砂漠の砦に応援に駆けつけた援軍が謎の事件に遭遇するという映画だった。

 僕が設定したセットは、宇宙で故障した警備艇ただ一つ。そこに特命隊が駆けつけた時、廃船同様に見える警備艇からいきなり銃撃される。応戦しながら乗り込むと、中には死体ばかりで人の影はない。謎が続くが、実はただ一人生き残った隊員が、援軍を敵軍と思い違いして頭脳攻撃を仕掛けたものだった。いずれにしろ、こうした作業の積み重ねが“ガンダム”の作業へと繋がっていくことになる。