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 大学1年の時に書いたシナリオで初めて手にした原稿料が招いた失敗と騒動——。それを書く前に、自然と集まった5人の仲間にちょっと触れておく。一人は日活(株)のプロデューサーを父に持つS君。東宝(株)専務の息子R君とその彼女K子さん(同級生)。それに埼玉県安行市の植木屋の息子T君と僕の5人。

 失敗の原因はK子さんにあった。と言っても彼女が悪いということではない。実は彼女、当時新橋のキャバレー“ショウボート”でアルバイトをしていたのだ。「成績あげたいから一度皆でお店に来て」とK子さんがR君に頼み、「ギャラが入ったんだからおごれよ」とR君におだてられた僕はその気になり、男4人で彼女の店に乗り込んだ。払った金額は2万数千円だったと思う。
 それから数日後、僕は学科主任に呼び出されたのだ。シナリオ金曜会の先輩2人がいきなり家を訪ねて来て、訳のわからぬ僕をまるで刑事のように連れだし、学科主任の前に引き据えたというわけ。(僕は本当にそう思った)
 理由は単純だった。学生の分際で原稿料を手にしたのだから、勝手に使う前にきちんと報告し、少なくても半分は“シナ金”に寄附するのが道、と。確かにその通りかもと反省した。言われて初めて気がついた僕も、青かったなと落ち込んだものだ。

 ところがその後に騒動が起きた。夏休みの終わり頃、非常勤の講師の先生から僕のところにやたらと手紙が来るようになった。「仕事(シナリオの)は僕がいくらでもとってくるから2人でやらないか」という誘いで、それも二日置き位に配達されてくる。
 若かった僕は、何かいっぱしのシナリオライターとして認められたような、自惚れと自信のくすぐったい思いにかられたことは嘘じゃなかった。でも一方で前の失敗がある。誘惑と自制の中でいろいろ考えた末、これはやはり筋を通すべきと結論づけ、送られた手紙を全てまとめ、学科主任に差し出して事情を説明することにした。主任は烈火のごとく怒り、即、その講師をクビにしてしまった。僕は前よりも落ち込んだ。事情を話して主任の許可を得た上で仕事を受けるべきだったのか――。それにしても、講師の行動は表に出ることになるのだ。

 この騒動は、今思いだしても気は重い。しかし一方で考える。事の善悪を決める物差しは何なのか、と。学科主任の判断は、上下関係の厳しい当時だったから故のもので、価値観の変わった現代なら、もっとフランクな判断になるのかもしれない。例えば、「それはいい話だ。大いに頑張りなさい」とか。ものの価値観や善悪の判断は、人により、時代によって変化するかもしれない。でも僕は、そうした時代に生き、貴重な体験に出合ったことを、一人の人間として悪いとは思っていない。それはそれで、僕の中でひとつのモラルになっている。

 それはともかく、その件が原因ではないが、僕は2年に進級した夏休みの前、家庭の事情もあり退学することになった。中途退学をした僕が、何故か日大の門を再びくぐることになったのは、“ガンダム”の人気が高まったある日の事である。それも、同校の夏休みを利用したセミナーの講師としてだった。