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 日本大学芸術学部には、“映画学科”のほかに“文芸学科”、“美術学科”など6つの学科があったように記憶している。映画学科には僕が席を置いた演出コースのほかに“シナリオコース”、“撮影コース”もあった。僕が演出コースを選んだのは、何かいろいろな事がやれそうで面白そうな気がしたからだ。つまり、シナリオライターだけでなく、映画監督にも憧れがあったから――。

 授業で興味があったのは、“プロット”(あら筋)や“シナリオ”を書く時間。教室に限らず書く場所は自由だったので、僕ら4、5人の仲間はいつも近くの喫茶店“壷屋”にたむろして書いたものだ。店はそれ程広くなかったけど、オーナーの趣味で飾られた壷の置物に趣きがあったし、何よりも店のマドンナ的な存在の二人の女の子の店員(一人はオーナーの娘)がかわいかったから入り浸ったというのが本音だったかな。僕がタバコを覚えたのもこの店だった。

 部活動としては“シナリオ金曜会”(略称シナ金)というのがあった。文字通り毎週金曜日の放課後、1年から4年までの会員が10人程度集まり、映画やシナリオについていろいろ語り合うのだ。時には学校の近くにある先輩の下宿に押しかけ、夜遅くまで酒を呑みながらの談笑になることもあった。

 夏休みになるひと月位前、その“シナ金”の顧問の講師が仕事を持ち込んできた。当時“オリエンタルカレー”という商品が売れていたが、そのメーカーが提供するテレビ映画のシナリオを書いてみないかという話だった。内容は警視庁の鑑識科学捜査をテーマにした、1話30分、前後編形式の、いわゆる刑事ドラマ。部員の中の執筆希望者10人余りが、顧問の講師に連れられ警視庁鑑識課を取材と見学に行った。指紋、足跡、血液鑑定、法医学など専門的な話を聞かされたが、正直、一日二日で分かる内容ではなかった。その時は、各自書きたいテーマが決まったら改めて取材に来ることで引き揚げた。“警視庁鑑識科学シリーズ”は全13話予定で、鑑識課員2人のシナリオを主体に、“シナ金”の部員の中で良いものがあれば採用するということになった。
 結果、当時荒川の土堤で工事をしていた作業員が小判を発見したという新聞記事を素材に書いた「小判と殺人」(前後編)という僕の作品が何故か選ばれ、3回程度直して採用された。思えば、鑑識の専門的な要素はあまり取り入れてなかったのに――。

 大学1年の時に初めて書いたシナリオで、いわゆるギャラ、脚本料というものを頂いたのである。当時もりそば1杯が30円の時代、ギャラは確か3万円だったと思う。幸運なことに仕事はもう1本書かせて貰うことになり、僕だけが2本の仕事、2本分のギャラを頂いた分けだが、このことが失敗のもととなり、ちょっとした騒動を巻き起こすことになったのだ。

 それは次回に詳しく書くことにする。